書架之細充 2021 第四回

2021年3月22日 - 書架の細充

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。

今回は、王谷晶・著「ババガヤの夜」です。
表画・カバー画 寺田克也
装丁 山影麻奈
河出書房新社 ISBN 978-4-309-02919-1
発行 2020年10月30日
定価1,650円(本体1,500円)

 先の見えない物語は面白い。なぜなら次にどんな風景と出会えるのかと、常にワクワクしているからだ。王谷晶の『ババガヤの夜』(河出書房新社)は、そのような作品である。
 東京でアルバイトをしながら暮らしている新道依子は、ヤクザ相手に喧嘩をして、関東最大規模の暴力団興津組の直参である内樹會の会長・内樹源造の屋敷に連れ込まれた。そこでも大立ち回りを演じた依子は、若頭補佐の柳に気に入られ、源造の娘の尚子の運転手兼ボディガードに雇われる。人形のように美しいが、依子に心を開かない尚子。だが、しだいにふたりは親しくなっていく。
 とはいえ尚子を取り巻く状況は異常だ。十年前に自分を斬って駆け落ちした妻と舎弟を、未だに興信所を使って捜しているように、源造の執着心は異常だ。それが娘にも向けられている。また尚子の婚約者も拷問好きの変態だ。不穏な空気が漂う中、依子と尚子の日常は、あっけなく崩れていく。
 北海道で祖父から、さまざまな格闘術を習った依子。若い娘でありながら、暴力の衝動を抱えている。その依子を主人公にして噴出するバイオレンスが、本書の読みどころだろう。どのような場所でも喧嘩を躊躇しない依子の行動は、痛快であると同時に怖ろしい。
 さらにストーリーの途中で意外な事実が判明。このタイプの物語で、こういうギミックを使ってくるのか。王谷晶、やってくれるものである。
 そしてクライマックのカタストロフィーを経てたどり着く、ラストの光景は、切なくも美しい。人間も動物に過ぎないのだから、暴力衝動を内包しているのは当たり前。でも、暴力に身を任せるだけでないのも、また人間の在り方である。このことを作者は、過激な物語を通じて、鮮烈に描き出したのだ。

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309029191/