書架之細充 2021 第十回

2021年8月12日 - 書架の細充

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。

今回は「女副署長 緊急配備」をご紹介します。
著者 松嶋智左
表画 古屋智子
装幀 新潮社装幀室
新潮文庫 670円(税別)
発売日 2021年6月1日
ISBN 978-4-10-102072-3
https://www.shinchosha.co.jp/book/102072/

 警察小説は、後から後から、面白い作品が生まれている。そんなことを松嶋智佐の『女副署長 緊急配備』(新潮文庫)を読んで、思ってしまった。県警初の女性副署長・田添杏美を主人公にした、シリーズ第二弾だ。
 前作『女副署長』で、台風襲来の夜に署内で起きた殺人事件を解決した杏美。しかし訳あって、県北部の佐紋町にある佐紋署に左遷された。佐紋署は、南が山、北に海があり、その間に田畑が広がっている。誰もが知り合いの町であり、長年にわたり凶悪事件は発生していない。
 ところが杏美が着任早々、山間部で殺人事件が起こる。さらに海岸の突堤付近で、重症を負った佐紋署警備課の男性警官が発見される。署長が入院しており、まだ町と署について手探り状態の杏美だが、果敢に事件に立ち向かう。そしてさまざまな事情を抱える刑事たちの捜査により、やがて意外な真相が露わになるのだった。
 前作もよかったが、本作も快調。閉鎖的な町で根を張る実力者たちの関係や、因縁のある刑事の扱いに悩みながら、杏美が真相に肉薄していく。多数の刑事もリアルに描かれており、警察小説の魅力を堪能できた。
 さらに、あるトリックにより、犯人の意外性が際立つ。このトリック自体は、ミステリー・ファンにとって、お馴染みのものである。しかし警察小説で使用されるとは思わなかった。それなのに違和感を覚えないのは作者が、きわめて日本的な風土を利用して、トノックを成立させたからだろう。ミステリー・マインドも抜群な作者が、これからどんな警察小説を書いてくれるのか。シリーズの今後に期待せずにはいられない。

by 細谷正充