書架之細充 2021 第九回

2021年7月21日 - 書架の細充

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。

空よりも遠く、のびやかに
著者 川端裕人
装幀 高柳雅人
表画 noga
集英社文庫
定価 840円+税
2021年5月20日発売
ISBN:978-4-08-744254-0
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-744254-0

おもちゃ箱がひっくり返り、色とりどりのプロックが散らばっている。川端裕人の『空よりも遠く、のびやかに』(集英社文庫)を読んでいたら、そんなイメージが湧いた。作品を構築するブロック(要素)が、山のようにあるからだ。
 主人公の坂上瞬は、市立万葉高校に入学した一年生。ある理由から、「日々、平熱」を心がけて生きている。だが、一目惚れをした同級生の岩月花音にかかわり、地学部に入ったことで彼の日常は変わっていく。〝物理、化学、生物、すべての理科分野がかかわる、サイエンスの十種競技、総合格闘技です〟という地学部には、地質・気象・天文の三つの班があり、部員はそれぞれ好きな研究をしている。花音は地質班だ。
 さらに彼女は、中学時代にクライミングで活躍していたが、訳あって引退したらしい。花音を通じて、まだ高校三年生だが世界的な活動をしているクライマーの夏凪渓と知り合い、クライミングのスピード競技にものめり込んでいくのだった。
 微隕石・化石・積雲・火星……。作者は自分の好きなもの、興味あるものを、ひとつの物語に詰め込んだ。それを可能にしたのが地学部の存在だ。しかもクライミングまで、地学部に無理なく組み入れている。さまざまなブロックを繋げて創られた青春物語が、気持ちいい。
 だが、新型コロナの世界的な蔓延により、彼らの青春に影が差す。花音が参加するはずだった地学オリンピックや、渓が目指していたオリンピックが中止になってしまう。おまけに渓は、大きな怪我もした。この状況を心配する瞬たちは、あるプロジェクトを立ち上げる。それが何かは、読んでのお楽しみ。人類の前向きな力を信じる作者が見せてくれたラストに、胸が熱くなったとだけいっておこう。

by細谷正充