書架之細充 2021 第七回

2021年5月8日 - 書架の細充

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。

今回は、額賀澪・著「転職の魔王様」です。
表画 おかざき真里
装幀・目次・扉デザイン 川谷康久(川谷デザイン)
PHP研究所
ISBN 978-4-569-84852-5
発売日 2021年02月04日
1,760円(本体価格1,600円)

 額賀澪は、ほぼ一作ごとに題材を変えてくる作家である。そして本書『転職の魔王様』の題材は〝転職〟だ。コロナ禍が続く中、転職を余儀なくされる人も多いことだろう。そんな人にこそ、読んでもらいたい作品だ。もちろん、単に面白い物語を求めている読者にもお薦めである。
 大手広告会社に新卒で採用されたものの、上司のパワハラにより三年で退職した未谷千晴。叔母が経営する人材紹介会社「シェパード・キャリア」に登録し、新たな職を探そうとする。だが彼女のCA(キャリアアドバイザー)になった来栖嵐は、凄腕だが変り者。〝転職の魔王様〟の異名を持つ来栖に翻弄されるうちに、千晴は自分の心の奥底を見つめ直すことになる。
 というのが第一話の粗筋だ。いささかネタバレになるが、結局、千晴が就職したのは「シェパード・キャリア」。見習いCAになった彼女は、来栖の下で、さまざまな転職希望者と向き合うことになる。この転職希望者たちの会社での嫌なエピソードは、どこでも当たり前にあることで、それだけに胃がキリキリと痛くなる。特に第三話に登場する転職希望者の「俺は、人間としても会社員としても尊敬できるような人から、適切に評価してもらえる職場で働きたいです」というセリツは痛切だ。その他にも、社会人なら共感してしまう言葉が随所にあり、何度も頷きながら読んでしまった。
 さらに第四話で、来栖の過去を知る女性が現れ、ラストの第五話では、彼が商社から「シェパード・キャリア」に転職した事情が明らかになる。この最終話は転職希望者だけではなく、来栖の物語にもなっており、読みごたえは抜群だ。しかも全話を通じて、自分を見失っていた千晴(第四話で明らかになる意外な事実には驚いた)が、新たな社会人としての道を歩み出すストーリーにもなっているのである。
 多くの人は、生きるために働いている。仕事をするのは当たり前のことだ。だからこそ働く場所は選びたい。働く意味を問いたい。本書を読んでいて、そんなことを思ってしまった。

by 細谷正充

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84852-5
額賀澪 公式サイト (nukaga-mio.work)https://nukaga-mio.work/tenshoku