書架之細充 2021 第一回

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。

今回は、武内涼・著「阿修羅草紙」です。
表画 山本タカト 装幀 新潮社装幀室
新潮社 ISBN:978-4-10-350643-0
発売日 2020年12月16日
定価 2,310円(税込)

 最近、血沸き肉躍る忍者小説が見当たらないとお嘆きのあなたに、強く薦めたい作品がある。『阿修羅草紙』(新潮社)だ。なにしろ作者が、戦国時代を背景に、忍者と妖怪の死闘を描いた『忍びの森』でデビューした武内涼である。大いに期待してしまうではないか。そしてその期待に、作者は応えてくれているのだ。
 物語の幕開けは、文正元年(一四六六)。比叡山延暦寺に仕える忍者集団「八瀬童子」の中に、十六歳の美少女くノ一・すがるがいた。まだ若いが、才能豊かなすがる。しかし叡山の勅封蔵が何者かに襲われ、すがるの父の般若丸と、彼女を好きだといっていた白夜叉が殺され、三つの宝が奪われる。その中で物語の焦点となるのが、「阿修羅草紙」と呼ばれる絵巻だ。見た者に邪な心を呼び起こし、天下に騒乱をもたらすという。また、二体の阿修羅像の在り処を示す暗号も書き込まれている。すがると仲間の若犬丸、叡山に雇われた伊賀忍者の名張ノ音無と種生ノ小法師の四人は、宝の行方を追って、陰謀渦巻く京の都に向かうのだった。
 作者は冒頭ですがるを暴れさせ、彼女の強さを印象づける。だが、次々と登場する忍者たちは、すがるすら恐怖する化け物揃い。なかでも苫屋鉢屋衆のリーダーの飯母呂三方鬼と、甲賀の忍び崩れ・望月毒姫が凄まじい。また、すがるには過去のトラウマがあり、スーパー・ヒロインというわけではない。ここもストーリーを盛り上げるポイントだ。
 そんな忍者たちが、山名宗全と細川勝元が対立している都で、戦いを繰り広げる。あの手この手を駆使した忍者バトルが、楽しくてたまらない。
 さらに応仁の乱の原因を伝奇的手法で表現した点や、「阿修羅草紙」の真実を通じて、物語の力を活写するなど、読みどころは満載。忍者を愛するすべての人に読んでほしい秀作なのだ