「書架之細充(しょかのほそみつ)」書評家細谷正充の書棚 第三回
「書架之細充(しょかのほそみつ)」第三回
このコーナーは、書評家細谷正充氏の書棚として、細谷正充氏が気になる本を紹介していきます。よろしくお願いします。
◆縁切り寺お助け帖 田牧大和 角川文庫 734円
単行本の「藍千堂菓子噺」、文庫の「鯖猫長屋ふしぎ草紙」に並ぶ、第三の人気シリーズになるのではないか。田牧大和の『縁切り寺お助け帖』(角川文庫)を読んで、そう感じた。
徳川十一代将軍家斉の治世。幕府公認の縁切寺である、鎌倉の東慶寺は荒廃していた。それを立て直したのが、院代となった水戸家の姫――法秀尼である。彼女の手足となるメンバーは多彩だ。人の心に敏感な桂泉尼と、理詰めの思考を得意とする秋山尼。寺飛脚の梅次郎。古株役人の喜平次。関係者を泊める御用宿『柏屋』の好兵衛とおりき夫婦。そして謎多き女剣客の茜である。そんな東慶寺に、今日も離縁を願う女が駆け込んできた。
本書には三話が収録されている。「駆込ノ一」は、人気役者の女房が、東慶寺にやってくる。男の身勝手な理屈を振りかざす役者たちを、徹底的に論破する秋山尼の舌鋒が痛快だ。その後の展開も気持ちいい。
続く「駆込ノ二」は、不審な状況で駆け込んできた女の一件が、大店を巡る騒動へと繋がっていく。捻ったストーリーと、温かな読み味が素晴らしい。そしてラストの「駆込ノ三」では、相次いで駆け込んできた、ふたりの女の件が、予想外の方向に転がっていく。茜の正体も含めて、大団円へと着地させる、作者の手際が鮮やかだ。また、DV男に対する梅次郎の考察も、鋭いものがある。
さらに各話を通じて、浮かび上がってくるポイントが存在する。女同士の心の繋がりだ。縁切寺を舞台にしているため、夫婦の関係がメインとなる。しかし人は、それだけの繋がりで生きているわけではない。そのことを作者は、巧みに表現しているのである。
◆三国志博奕伝 渡辺仙州 文春文庫 690円+税
日本人は「三国志」が好きである。したがって「三国志」を題材にした物語も無数にある。その中でも、ひと際ユニークな作品といえるのが、渡辺仙州の『三国志博奕伝』(文春文庫)である。
呉の皇太子・孫和に仕える韋昭は、博奕の害を説いた《博奕論》をしたためて上奏するほどの博奕嫌い。ところが訳あってやってきた博奕場で、徐老板という謎の老人に見込まれる。老板の狙いは韋が持つ、博奕の力・奕力らしい。嫌々、勝負をすることになった韋昭だが、博奕の方法も相手も、とんでもないものだった。
韋昭は三度、博奕をするが、そのすべてが作者の考えた、オリジナルのボードゲームである。しかもゲームを実体験する、バーチャルなものだ。これだけでも驚くが、韋昭の相手にビックリ仰天。なんと、すでに死んだ「三国志」の英雄が呼び出されるのだ。よくもまあ、こんなアイディアを考えたものである。
さらに「侠客棋」「闘蟋牌」「五行牌」という、三つの博奕が面白い。特に「侠客牌」は、実際に遊びたくなるほど、よくできている。小説であるため、ルールの後出しのようになってしまったところもあるが、奇想天外な勝負(別の意味で「闘蟋牌」にも、ぶっ飛んだ)が楽しめるのだ。
その他、韋昭の知恵と矜持や、老板の正体など、読みどころは多い。異色にして痛快な「三国志」物として、強くお勧めしたいのである。