「書架之細充(しょかのほそみつ)」書評家細谷正充の書棚 第二回

2019年2月21日 - 書架の細充

「書架之細充(しょかのほそみつ)」第二回

このコーナーは、書評家細谷正充氏の書棚として、細谷正充氏が気になる本を紹介していきます。よろしくお願いします。

◆天下一蹴 蝸牛くも 単行本 \1,296 GAノベル
蝸牛くものファンタジー小説『ゴブリンスレイヤー』が好きだ。だから作者の初の時代小説『天下一蹴』(SBクリエイティブ)を、大きな期待を抱きながら開いた。ちなみに、かついライトノベルの新人賞に送り、最終候補まで行った作品だそうだ。
桶狭間の戦いで討たれた今川義元の後を継いだものの、今川家を没落させた氏真。その彼が旧知の徳川家康から、「それを持つ者は天下を取る運命にある」という名刀・義元佐門次を、織田信長に届けるよう依頼される。これを引き受け、妻の蔵春と共に旅立った氏真。そんなふたりに、甲賀金烏衆が襲いかかるのだった。
宝物の争奪戦をメインにした道中物。時代エンターテインメントの黄金パターンに、作者は果敢に挑んだ。主人公の氏真だけでなく、実在人物が次々と登場。人物のチョイスと活用の仕方が面白い。また、蹴鞠の名人だという氏真の特徴を生かした、最初の甲賀金烏衆との闘いなど、チャンバラ・シーンにも工夫が凝らされている戦国の世の無用者となった主人公の活躍を描いた痛快作なのだ。
しかし不満がないわけではない。ストーリー全体の肉付けが薄く、シナリオみたいに感じてしまった。『ゴブリンスレイヤー』に、そのような不満を覚えたことはないので、作者の力量の問題ではないだろう。おそらく『ゴブリンスレイヤー』関係の仕事が忙しく、もともとの原稿に、きちんとした加筆をする暇がなかったのではないか。勝手な想像ではあるが、そのように思わずにはいられない。
それはさて措き、本書により作者が、時代小説もいけるということが分かった。いつになってもいいので、がっつりと書き込んだ時代小説第二弾を期待したいものである。
なお本書のコミカライズの第一巻も、同時に発売されている。湯野由之の作画がいいので、こちらも併せてお薦めしておく。

◆満洲コンフィデンシャル 新美健 単行本\ 1,944 徳間書店
『満洲コンフィデンシャル』(徳間書店)は、文庫書下ろし時代小説で活躍している新美健の、初の単行本作品である。物語の舞台は、昭和十五年から二十年にかけての満洲。特にメインとなっているのは満洲映画協会――いわゆる満映だ。
訳あって満洲に飛ばされた、元海軍士官候補生の湊春雄。満映に出入りしている、正体不明の西風。腐れ縁になったふたりが、満洲の地で、さまざまな騒動にかかわる。デビュー作『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』で、ガン・マニアぶりを見せてくれた作者だけに、本書は銃撃戦の嵐になるかと思ったが、そこは控えめであった。
その代わりというわけではないが、機密フィルムの争奪戦、満映関係者の殺人事件、満皇帝暗殺計画など、連作短篇のスタイルで、さまざまなストーリーが楽しめるようになっているのだ。伊達順之助・尾崎秀美・霍殿閣・植芝盛平・李香蘭(山口淑子)・川島芳子といった、各話に出てくる実在人物の扱いも見事である。なかでも植芝盛平の使い方には驚いた。よくこんなことを考えるものである。
また、終盤で春雄に関する意外な事実が判明すると、彼と西風が満洲で見た〝夢〟の違いが浮き彫りになる。それが、いつしか強い友情で結ばれたふたりの肖像を、より際立たせるのだ。
ところで本書はプロローグエビローグが現代であり、年老いた春雄の姿が描かれている。そしてプロローグで作者は……。ああ、ここから先は、未読の人のために書かないでおこう。ただ、船戸与一の『夜のオデッセイア』のラストを思い出したとだけいっておこう(そういえば船戸の絶筆は『満州国演義』である)。いつまでも〝夢〟を見ることが忘れられない人に読んでほしい物語なのだ。