書架之細充 2021 第八回

2021年5月19日 - 書架之細充

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。

今回は、一穂ミチ・著「スモールワールズ」です。
立体 北原明日香
写真 下村しのぶ
装幀 bookwall
講談社
ISBN 978-4-06-522269-0
発売日 2021年04月22日
定価:1,650円(本体1,500円)

 以前、講談社の編集者と仕事の打ち合わせをしていたときのことだ。最近の気になる作家の話になったとき、その編集者が一穂ミチの名を挙げた。未読の作家だったので、「読んでみますよ」といい、さっそく『きょうの日はさようなら』を買ったが、忙しさに取り紛れているうちに積ん読本にしてしまった。
 という思い出話をするのは、『スモールワールズ』を手にして、もっと早く一穂作品を読んでおけばよかった。そうすれば、「一穂ミチ、前から読んでるよ」と自慢できたのに。いやまあ、そんなセコい後悔をしたくなるほど、本書が素晴らしかったのだ。
 本書には短篇六作が収録されている。それぞれ独立した話だが、薄っすらとした繋がりがある。冒頭に収録されている「ネオンテトラ」は、夫婦の問題から目を逸らしている妻が、家族に恵まれない少年と知り合う。ふたりの微妙な関係を描き出す作者の筆致が優れており、ストーリー展開も読者の予断を許さない。非常に完成度の高い作品だ。
 続く「魔王の帰還」は、離婚したといって実家に帰ってきた姉に、高校生の弟が振り回される。伸長百八十八センチで、トラックの運転手をしている。そして何事も豪快な姉のキャラクターが秀逸。この姉妹に、弟の同級生の少女も加わり、金魚すくい大会に出ることになる。それぞれの事情を抱える三人の、心の再起が爽やかだ。個人的に本書のベストである。
 この他、第七十四回日本推理作家協会賞短編部門候補作になった「ピクニック」や、書簡で構成された「花うた」は、テクニカルな小説技法が楽しめた。やる気のない高校教師の父親のもとに、娘が意外な姿で現れる「愛を適量」と、エピローグ的な余韻が味わえるラストの「式日」もいい。
たしかにここに描かれているのは〝スモールワールズ〟だ。しかし、その小さな世界に、胸を強く揺さぶられる。そして作者は本書により、さらに大きな世界へと羽搏いていくことだろう。

by 細谷正充

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