書架之細充 2022 第三回

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を不定期に紹介する「書架之細充」をお送りします。

今回、ご紹介いたしますのは、
悪の華道を行きましょう【小説版】(一迅社ノベルス)
真冬日(著者) やましろ 梅太(イラスト)
AFTERGLOW(装幀)
レーベル 一迅社ノベルス
出版社 一迅社
配信開始日2022/3/2
底本発行日2022/3/5
https://bookwalker.jp/de8df3f101-a573-477e-b909-2cf5d56795c9/
ISBN 978-4-7580-9443-6

 待っていた。この本を待っていた。――と、はしゃいでしまうのには訳がある。簡単に説明しよう。
本書は、ネット小説の投稿サイト「小説家になろう」に発表された短篇シリーズをまとめたものである。第一話となる表題作が掲載されたのが、二〇一五年五月十七日。冒頭に「物語の結末を書くのが苦手なので、練習に短編を一つ。よくある悪役令嬢ものです」と書かれている。この時点では、読み切りの短篇であった。
ヒロインに嫌がらせをしたため、王太子に婚約破棄され、ハゲデブオヤジで評判の悪い宰相と結婚させられたセレスティーヌ。結婚式の最中に彼女は、ここが似非貴族風の学園乙女ゲームの世界だと気づく。そう、セレスティーヌの役割は、断罪される悪役令嬢だったのだ。しかし結婚式の最中に前世の記憶が甦り、自分が枯れ専だと思い出す。そんな彼女にとって宰相は理想の夫。かくして最強イチャラブ夫婦になったふたりは、周囲の人々を魅了したり、破滅させたりしながら、我が道を歩んでいく。
物語の大枠は、「乙女ゲーム世界」「悪役令嬢」「婚約破棄」前世持ち主人公」「ざまぁ展開」と、この手の作品のお約束を踏襲している。しかし、セレスティーヌと宰相のキャラがユニークで、独自の面白さを獲得した。それが受けたのだろう。作品が注目され、ポツポツと続く短篇が発表された。
こうなると一冊の本にならないものかと思っていたら、二〇一九年に刊行された、悪役令嬢もののコミカライズ・アンソロジー『悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!』に、「悪の華道を行きましょう」が掲載された。作画のやましろ梅太は、寡聞にして知らなかったが、原作のイメージとマッチした絵で、すこぶる満足。こちらも評判がよく、その後に刊行されたアンソロジーで、以後の作品がコミカライズされた。二〇二一年から、あらためて「月刊コミックゼロサム」の連載が始まり、単行本の第一巻も刊行されたのである。
これはこれで嬉しいのだが、なんで小説が本にならないのだとモヤモヤしていたら、ようやく本書が出版された。だから、大いにはしゃいでしまったのである。
それにしても、いつの間にかネット小説の一大ジャンルになった「悪役令嬢」「婚約破棄」だが、長篇だけでなく短篇にも、読ませる作品が多い。コミカライズだけでなく、小説のアンソロジーもバンバン刊行されるようになれば、とても嬉しい。出版社には頑張ってもらいたいものである。

by 細谷正充