書架の細充 2023ー03

文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を不定期に紹介する「書架之細充」をお送りします。

今回、ご紹介いたしますのは
「侠‐きゃん‐」
著者名   著:松下 隆一
装幀 芦澤泰偉
表画 大竹彩奈
発売日   2023年02月22日
価格      定価:1,815円(本体1,650円)
ISBN     978-4-06-529782-7
判型      四六変型
ページ数      224ページ
初出      「小説現代」2023年1・2月合併号https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000370455

平安時代の京の都を舞台にした慟哭の物語『羅城門に啼く』で、第一回京都文学賞最優秀賞を受賞した松下隆一が、新たな時代長篇を刊行した。今度の舞台は江戸時代である。

主人公の銀平は、六十になる蕎麦屋の親爺だ。商売っ気はなく、日々を淡々と過ごしている。だが彼の前半生は波乱の連続だ。弘前藩の寒村に生れたが、飢饉により家族は次々死んだ。父親の五助と幼い銀平だけが生き延び、江戸に出ることができたが、生活の当てなどない。五助は盗賊の一味になり、銀平もそれを手伝うようになる。父親が死ぬと、本所一帯の普請場に人足を手配するヤクザの親分・忠兵衛に拾われ、その下で働くようになった。博奕の才能のある銀平は、数年に一度開かれる〝八州博奕〟で五百両を稼ぎ、忠兵衛の店を救ったこともある。しかし死期の迫った忠兵衛から堅気になることを勧められ、故郷の味の蕎麦屋を開き、三十年が経ったのだ。

作者は、腹の痛みから自身の死期が近いことを悟った銀平の日常を、店に出入りする人々を絡めてじっくりと描いていく。ちょっとしたエピソードの積み重ねから、しだいに浮かび上がってくる、一本筋の通った銀平のキャラクターが魅力的だ。

そして後半、ある若者の世話をしたことから、八州博奕に引っ張り出されることになる。この博奕の描写が迫力満点。レナード・ワイズの『ギャンブラー』等の、海外のギャンブ小説を想起させてくれた。

とはいえ、そこも含めて物語の焦点になっているのは、銀平の人生だ。最終的に彼が到達した境地は、どのようなものだったのか。ラストには、厳かな感動が待っている。自分の人生に意味や価値がないと思っている人に、是非とも読んでほしい一冊だ。

By 細谷正充