第四回 書評家・細谷正充賞 選評-1

川瀬七緒『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』(講談社)
装幀 川名潤
定価 1550円税別
第一刷発行 2021年2月17日
ISBN 978-06-522453-3
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000349456

 川瀬七緒には、法医昆虫学者・赤堀涼子を主人公にした人気ミステリー・シリーズがある。その作者が新たに立ち上げたミステリー・シリーズの第一弾が『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』である。いったいどんな作品なのかと興味を惹かれて読んだら、「赤堀涼子」シリーズとは違う、新たな世界と名探偵像を見せてくれた。
 主人公の桐ヶ谷京介は、東京の高円寺南商店街に店を構える服装ブロカーだ。世界の有名デザイナーたちの依頼を受け、埋もれている服装関係の凄腕職人を紹介している。ただし商店街の人々からは、うさんくさく思われていた。また、かつて美術解剖学を専攻しており、着衣の状態から病気や、DVを受けていることを見抜くこともできる。だが、こちらも信用してもらえず、警察にDVのことを連絡しても相手にしてもらえない。
 そんな彼が、テレビで放送された、十年前に少女の死体が団地の一室で発見された事件に反応した。映し出された少女の服を見て、自分ならば事件の真相に迫れると確信したのだ。商店街から少し離れたところにある雑貨屋の店番をしている、旧知の水森小春を相棒にして京介は、なんとか少女の服を実際に見ようとするのだった。
 美術解剖学とは、人体を主とした、美術的表現のための解剖学である。これを名探偵の推理の道具とした、作者の発想が優れている。さらに少女の服の独特の特徴的なテキスタイルなど、服飾関係の知識も巧みに盛り込まれているのだ。そこに京介だけでなく、市井に生きる人々のプロフェッショナルな知見が活用される。ここが魅力的であり、いままでにないミステリーになっているのである。
 さらに素人探偵が刑事事件に介入することの難しさが、リアルに描かれている点も、本書の読みどころだ。少女の服を実際に見るまでのハードルの高いこと。ここを作者は丹念に描き、主人公たちの行動の障壁とする。現代を舞台に素人探偵をリアルに描くとこうなるのかと感心してしまった。
また、事件にこだわる主人公の内面の葛藤や、少女の死の真相、その後の意外な真実など読みどころは多い。その中で注目したいのが、京介のキャラクターだ。彼は涙もろいところがある。この設定が、少女の死の真相が判明したときに生きてくる。明らかになった少女の短く哀しい人生を悼み、京介は涙を流す。そこから伝わってくるメッセージは、熱く、重いのである。素晴らしい作品だ。