第四回 書評家・細谷正充賞 選評-4

高野史緒『まぜるな危険』(早川書房)
装幀 早川書房デザイン室
発行 2021年7月20日
定価 1700円+税
ISBN 978-4-15-210038-2
https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014881/

 本賞は一回に五作の受賞作を選出している。だから少なくとも一冊は、短篇集を入れることにしている。理由は私が、短篇集が好きだからだ。短い枚数で世界を切り取ったり創造したりする短篇は、長篇とは違った魅力がある。ということで今年も一年間、短篇集をチェックして、これしかないだろうと自信を持って選んだのが、高野史緒のSF短篇集である。
 収録されているのは六篇。すべてロシアの何かと、別の何かを融合させ、独自の物語世界を創り上げている。たとえば冒頭の「アントンと清姫」は、安珍・清姫伝説及びその後日譚である歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」と、モスクワのクレムリンにある巨大な鐘〝鐘の皇帝〟が融合する。続く「百万本の薔薇」と「小ねずみ童貞と復活した女」も、要素外の題材が融合していた。
 ここまでは面白いとは思ったが、驚くというほどではなかった、しかし次の「プシホロギーチェスキー・テスト」にはぶっ飛んだ。ドストエフスキーの『罪と罰』のラスコーリニコフが、地下出版された江戸川乱歩の「心理試験」を読むという、とんでもないストーリーなのだ。時代がかけ違っているのも、難なくクリア。なるほどとページを捲っていたら、ラストのオチにぶちのめされる。そっちか。そっちに行くのか! 凄い作品としかいいようがない。これだけで本賞は決定だと思ったら、続く「桜の園のリディヤ」で、チェーホフの『桜の園』と、佐々木淳子のSF漫画「リディアの住む時に…」を融合。若き日に、佐々木淳子のSF漫画に衝撃を受けた私のような人なら、大喜びしてしまうだろう。
 そしてラストの「ドグラートフ。マグラノフスキー」は、夢野久作の『ドグラマグラ』とドストエフスキーの『悪霊』が融合。と思ったら、またもやオチがそっちか! 悪魔合体というか悪霊合体?
いや、かけ離れた題材を組み合わせる作者の創造力と、それを物語にする構成力に脱帽だ。
 第五十八回江戸川乱歩賞を受賞した『カラマーゾフの妹』を見ても分かるように、作者はロシア文学に造詣が深い。それが本書にも色濃く表れている。読者に知識を求めるタイプの作品のため、敷居が高いと思う人もいるだろう。だが、それを乗り越えれば、驚異の世界を堪能できるのだ。本書のような作品を執筆する作家が今の日本に存在することは、大いに喜ぶべきことなのである。