書架之細充 2020 第九回
文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。
今回ご紹介するのは、新潮文庫nexより
「処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな」葵遼太:著 630円(+税)
表画 いつか 装丁 川谷康久
評判がいいので読んでみたら、やられた。
葵遼太の『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』(新潮文庫nex)のことだ。ちなみにタイトルは、主人公の友人の藤田が好きな、アメリカのミュージシャン、カート・コバーンの言葉である。
主人公の佐藤晃は、高校三年生。ただし留年しているので、二度目の三年生である。どうせクラスにも馴染めないと思い、静かに一年間を過ごすつもりだった。ところが後ろの席のギャル、白波瀬巳緒が話しかけてきた。これが切っかけとなり、吃音の御堂楓や、オタクの和久井順平とも仲良くなる。クラスのはみ出し者四人、主人公の発案でバンドを組み、文化祭での演奏を目指す。
と書くと、実にありきたりの青春物語に見える。実際、ストーリー・ラインは典型的なものであった。ただし読んでいて退屈することはない。作者は漫画誌で構成や原案に携わる一方で、ネットに小説を発表。また、ノベライズも出版している。そのような経験が糧になっているのだろう。文章もキャラクター造形も、達者の一言である。たいしたものだ。
そして第二章になると、物語の真の姿が判明する。なぜ主人公は留年したのか。彼の抱えているものが何なのか。なんとなく察しは付いていたが、はっきりと書かれている。佐藤は恋人を病気で失っていたのだ。彼女の入院している病院に通っていて、出席日数が足りなくなり、留年したのである。つまり本書は、難病物の、その後を描いた作品なのだ。
若くして恋人との死別というバッド・エンドを迎えた佐藤だが、それでも生きている限り、人生は続く。その日々をどう受け止め、自分を再生させていくのかが、本書のテーマといっていい。
難病物を土台にして、その先を描き切った青春小説。
作者の確かな才能が伝わってくる快作だ。
ISBN 978-4-10-180191-9
https://www.shinchosha.co.jp/book/180191/