「第三回 細谷賞」発表です!

2020年10月14日 - ニュース

「第三回 細谷賞」決定しました!
2019年9月から2020年8月のあいだに発行された書籍の中から、細谷正充氏が厳選した作品です。

受賞作品紹介
『商う狼 江戸商人杉本茂十郎』永井紗耶子 (新潮社)
『ぴりりと可楽!』吉森大祐 (講談社)
『あの子の殺人計画』天袮涼 (文藝春秋)
『アメリカン・ブッダ』柴田勝家 (ハヤカワ文庫 JA)
『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』葵遼太 (新潮文庫 nex)

第三回細谷賞を開催するにあたって

二〇二〇年、世界は新型コロナウィルスの流行により、大きな混乱に陥った。日本でも、東京オリンピックが中止になったのを始め、さまざまなイベントが中止になっている。また、テレワークの急速な拡大など、社会構造そのものが大きく変化しようとしている。今後、世の中がどのようになるかは分からないが、変革の時代を迎えたことは間違いない。
そのように社会が激動する中、当然、出版業界も多大な影響を受けている。ただし、業界の売り上げが伸びているという話もあれば、減少傾向にあるという話も聞いた。同じ業界といっても、扱うジャンルによって違いがあるのだろう。全体的な状況が判明するには、もう少し時間が必要なようだ。
このようなときに、第三回細谷賞を実施する意味はあるのか。いろいろと考えたが、むしろこのようなときだからこそ、実施すべきだと感じた。たとえどんな時代になろうとも、小説を書く人がいて、小説を読む人がいる。人間とは、そのような存在であると信じているからだ。ならば優れた作品を表彰することにも意味と意義があるだろう。そのような信念を抱いて、五作品を選んだ。以下、各作品に触れていきたい。
まず、永井紗耶子の『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』(新潮社)だ。作者は、二〇一八年の『大奥づとめ』で作家としてのステージをアップさせたが、そこに安住することはなかった。実在した江戸の商人の盛衰を描いた本書は、今まで培ってきた力を振り絞った渾身作といっていい。主人公の茂十郎が、旧弊な商売や流通の壁をぶち破る展開の中から、現代と通じ合う社会の問題が浮かび上がる。真摯で熱い作品であった。
吉森大祐の『ぴりりと可楽!』(講談社)は、江戸初の職業落語家である三笑亭可楽が誕生するまでの軌跡を活写した歴史小説だ。二〇一七年に『幕末ダウンタウン』で第十二回小説現代長編新人賞を受賞した作者は、第3長篇となる本書で、大きく飛翔したといっていい。デビュー作から持っていた〝お笑い〟に対する強いこだわりが、ついに花開いたのだ。ただ洒落噺が好きだった櫛職人の又五郎が、紆余曲折の末に三題噺を創り上げる。ベテラン芸人の才能に打ちのめされながら、オリジナルの芸を求めて足掻く姿は、何かを創ろうとするすべての人の共感を呼ぶ。真っすぐに自分の道を歩む又五郎に、惚れてしまった。
天祢涼の『あの子の殺人計画』(文藝春秋)は、『希望が消えた夜に』に続く、ミステリー・シリーズの第二弾。前作のテーマが子供の貧困だったのに対して、本書のテーマは子供の虐待だ。物語は、殺人事件を追う刑事のパートと、自分が母親から虐待されていることに気づいた少女のパートを、交互に描きながら進行していく。殺人犯のアリバイ・トリックを始めとするミステリーの仕掛けやサプライズが、すべてテーマと結びついている点が、本書の素晴らしいところだ。非常に重い物語であるが、作者は子供の虐待問題と正面から取り組み、ラストで目指すべき未来を指し示した。志のある作品だ。
柴田勝家の『アメリカン・ブッダ』(ハヤカワ文庫JA)は、SF短篇集だ。現在のエンターテインメント・ノベルは長篇が中心になっているが、短篇にも独自の魅力がある。だから細谷賞には、短篇集を積極的に採るようにしているのだ(個人的に短篇が好きだという理由もある)。もちろん前提として、作品そのものが優れていなければならない。その点、本書に収録された六篇は、どれも秀作である。生まれてから死ぬまでVRゴーグルを付けて暮らす雲南省の少数民族とか、荒廃したアメリカ大陸から電脳世界に退避した人々に、仏陀の教えを信じるインディアン一族の者がメッセージを送るとか、どうすればこんな発想が出てくるのか。しかもストーリーは、常にこちらの予想を上回る、センス・オブ・ワンダーに満ちている。こういう本を読んでいると、SFが好きでよかったと、しみじみ思ってしまうのだ。
葵遼太の『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』(新潮文庫nex)は、ある理由で留年した高校三年の主人公が、癖のあるクラスメートたちと友達になり、バンドを始める。そして文化祭で演奏を披露する――というストーリーの表面だけを見れば、ありふれた青春小説だ。しかし留年の理由が分かると、本書がバッドエンドのその先を描いた物語であることが判明する。どのような絶望があろうとも、生きている限り、人生は続いていく。そこから作品の現代性と、強いメッセージが伝わってきた。
ところで以上五作を俯瞰すると、ほとんどの作品が、登場人物が前に進んでいく物語であることに気づいた。結果論的になってしまうが、無意識のうちに、コロナ禍の時代に立ち向かう力を持つ作品を選んだのかもしれない。だが、それでいいのだろう。各作者も選者の私も、今を生きる人間なのだから。かくして第三回細谷賞が、決定したのである。

by 細谷正充