「書架之細充(しょかのほそみつ)」書評家細谷正充の書棚 第五回

2019年6月20日 - 刊行物

「書架之細充(しょかのほそみつ)」第五回
このコーナーは、書評家細谷正充氏の書棚として、細谷正充氏が気になる本を紹介していきます。よろしくお願いします。
 
◆ヒト世の永い夢 柴田勝家 ハヤカワ文庫JA 1,080円(税込み)
 これは、とんでもない作品だ。裏表紙の紹介文に〝大昭和伝奇ロマン〟とあるが、まさにその通り。時は昭和二年。博物学者の南方熊楠の家へ、千里眼事件で学界を追われた福来友吉がやってきたことから、破天荒な物語の幕は上がる。
 福来に誘われ、学者たちの秘密集団「昭和考幽学会」に加わった熊楠。昭和天皇に披露する、思考する自動人形のために、粘菌コンピューターを考案する。だが、その自動人形を巡り、大騒動が持ち上がるのだった。
 このストーリーが凄いのだが、輪をかけて凄いのが登場人物だ。なんと、ほぼすべて実在人物なのである。江戸川乱歩・西村真琴・北一輝・宮沢賢治……。有名人からマイナーな人まで、実在人物が入り乱れ、物語は因果地平の果てまで飛んでいく。山田風太郎を至上とする私にとって、この作品は御馳走だ。
 ある程度、読者の知識を求めるとこがあるが、そこを乗り越えれば、深い楽しみが味わえる。新時代の伝奇小説として絶賛したい。

 
◆隠居すごろく 西條奈加 四六変形判 KADOKAWA 1,728円(税込み)
 本紙に好評連載された西條奈加の長編が、ついに単行本になった。隠居した商家の主人の、思いもかけない第二の人生を綴った、読みごたえのある時代エンターテインメントだ。
 糸問屋「嶋屋」の六代目主人の徳兵衛は、店を息子に譲り、家を買って念願の隠居生活に入った。しかし、特にやりたいこともない。家に訪ねてくるようになった孫の千代太が、慰めになっていた。ところが情の深い千代太は、徳兵衛の言葉を都合よく受け取り、貧しい暮らしをしている勘七となつの兄妹を連れてきた。さらに亭主に捨てられてから酒浸りになっている、兄妹の母のおはちも助けてほしいという。
おはちが元組紐師で、腕も確かだと知った徳兵衛は、これを商売にできないかと動き出す。その一方で、千代太たちが次々に連れてきた子供たちも、独自に商売を始める。どんどん広がる商売の輪が、徳兵衛をさらに奔走させるのだった。
 定年退職をしたら、自分の好きなことをしたい。徳兵衛の願いを今風にいえば、こうなるだろう。だが彼のシルバー・ライフは、予想外の方向に突っ走っていく。頑固で短気だが、商売で培った世間知と人間観照を持つ徳兵衛。ドタバタ騒ぎに翻弄される彼が、真にやりたいことを見つけていく過程が、軽妙に描かれている。同時に、貧しい子供たちや、人生に行き詰っていた大人たちも、新たな道を発見。大人も子供も成長するのだ。そんな人々が徳兵衛の隠居の家に集まり、希望に満ちたユートピアが形成される。ここが物語の大きな魅力になっているのだ。
 しかし本書は、明るく楽しいだけではない。貧困問題・教育格差・商売の倫理・家族との関係。現代と通じ合う問題が、ストーリーの中から浮かび上がってくるのだ。また最終的には、人生の意味とは何かという、重要な問いに対する答えが、明確に示されているのである。愉快な気持ちでページを捲っていたら、最後には深い感動を覚える。本書はそのような作品なのだ。