書架之細充

2020年1月27日 - 書架の細充

2020年、書架之細充第一回です。
ちょっと遅くなってしまってすみません。
今年は、不定期で(でもできるだけ毎月20日ごろ更新したい)細谷正充氏の文芸評論・書評などをエッセイなども織り交ぜながら、紹介していきます。
よろしくお願いします。

今回は「キッドの運命」と「定価のない本」を紹介します。

・キッドの運命 中島京子 著 集英社
2019/12/5発売 9784087716887 本体1,500円+税
中島京子の短篇集『キッドの運命』の帯に〈『小さいおうち』『長いお別れ』の著者が贈る初の近未来小説〉と記されている。間違ってはいないが、もっとはっきり書いてしまっていいのではないか。〈初のSF小説〉と。
収録されているのは六作。冒頭の「ベンジャミン」は、ユーゴという少年の語りで物語が進む。どこかの島で動物園の園長をしている父親と、姉のサチと三人で暮らしている。いじめにより、学校には通っていない(ホームスクリーニングというシステムにより、学校に行かなくても学ぶことはできる)。さびれた動物園の傍ら、違法な医療行為をしていた父親は、かつて絶滅種をDNAから再生させる実験に取り組んでいた。動物園にいるベンジャミンは、絶滅したフクロオオカミだ。そのことをユーゴに話した父親だが、他にも何かいいたいらしい。
といったストーリーの流れから、ユーゴの正体は、ある程度察せられる。そこに驚きはない。だが、ラストの一行には驚愕した。なにげなく読んで、次の話に行こうとしたところで、引っ掛かりを感じ、数行前を読み返す。それをラストの一行と照らし合わせることにより、書かれた文章以上の意味が見えてくるのだ。小説と読者の力を信じた、この一行に痺れた。
その他、祖母の暮らすコミューンの秘密を通じて、少女が成長すね「種の名前」や、労働から解放された理想社会の実態(住めば都のディストピアなんて言葉が頭に浮かんだ)をさりげなく伝える「チョイス」などが楽しめた。そして本を閉じた後、命・知性・人間とは何かという哲学的な問いかけを、自らにしてしまうのである。サラリと読めるが、重い一冊なのである。

・定価のない本 門井慶喜 著 東京創元社
2019/9/20発売 9784488028039 本体価格1,700円(定価1,870円)
門井慶喜の『定価のない本』(東京創元社)は、終戦から一年後の神田神保町を舞台にした、昭和ミステリー。神保町の古書店主だが、店舗を持たず、さらに古典籍を専門に扱っている琴岡庄治。値段の暴落した古典籍を買い漁っているが、そこには商売だけではなく、日本の文化を守りたいという気持ちもあった。しかし生活は苦しい。そんなとき、彼を兄貴分と慕っていた古書店主の芳松が、古本の山に押しつぶされて死んだ。事故死のようだが、なぜかGHQの少佐が庄治に接触してくる。少佐の話によれば、芳松と妻のタカは、ソ連のスパイだという。行方が分からなくなったタカを捜すよう命じられた庄治は、しぶしぶ承諾。なんと彼女を発見した。だが、庄治は殺されたといっていた、タカ自身が殺されてしまう。何が起こっているのか。事件を気にかける庄治だが、いつしかGHQの策謀に巻き込まれていく。
タカ殺しの真相は途中で明らかになるが、ストーリーはそこからが本番。GHQの策謀の関係者になってしまった庄治が、日本の文化を守るため、神保町の古書店主たちに呼びかける。そして一致団結して、GHQに立ち向かうのだ。この展開が熱い。つい最近も、神保町の古書店を回っていたが、ここでそんなドラマがあったかもしれないと思って、妙に感動してしまったのである。
さらに登場する実在人物にも、注目すべきものがある。晩年の徳富蘇峰もいいのだが、もうひとりの人物の扱いが巧みだ。文学に詳しい人なら、すぐに分かるかもしれないが、それは問題ではない。この時代のこの人を、こう使うのかと、大いに楽しめるのである。それも含めて、昭和史と古本の好きな人ならば、絶対に見逃せない作品だ。