書架之細充 2020 第三回

2020年2月19日 - 書架の細充

こんにちは
文人墨客編集部より、文芸評論家であり書評家である細谷正充氏が気になる本を紹介する「書架之細充」をお送りします。
今回は「猫の扉」江坂遊:選 扶桑社(本体900円+税)を紹介します。

 ショートショート作家として知られる江坂遊は、優れたショートショート・アンソロジストでもある。編者を務めた『30の神品 ショートショー傑作選』、そして本書『猫の扉 猫ショートショート傑作選』によって、その腕前が披露されている。
 タイトルで明白だが、本書には猫を題材にしたショートショート三十篇と、漫画二篇が収録されている。星新一の「ネコ」や、宮沢賢治の「注文の多い料理店」など、マスターピースというべき作品を収録する一方、ハワード・ジョーンズの「猫」や、ジョン・D・マクドナルドの「黒猫が雪の上をあるいた」など、雑誌に掲載されたきり埋もれていた作品を発掘しているのが嬉しい。特に、経歴不明のハワード・ジョーンズの「猫」がいい。ショートショートなので、粗筋は書かない。一抹の悪意を振りまいたファンタジーとだけいっておこう。こういう作品を発見するのが、アンソロジーを読む醍醐味である。
 さらに時代小説はないのかと思ったら、謎の覆面作家・佐久やえの書き下ろし「福光寺の猫」がそうだった。ほのぼのストーリーと予測させて、どこかすっとぼけた残酷オチが付く、愉快で怖い作品だ。このようにジャンルもバラエティーに富んでおり、アンソロジーの魅力が堪能できるのである。
 なお、個人的なベストは岸田今日子の「暖炉の前で聞いた話」。猫と結婚していたという夫人が、ふたりの生活を回想する。なんともいえない味わいの逸品だ。最後にはニヤリとさせるオチもある。それを踏まえて、次の話にシャルル・ペローの「ねこ先生または長靴をはいた猫」に置いた、江坂のセンスも冴えていた。猫好き、アンソロジー好き、そして何よりも物語の好きな人にお薦めしたい一冊だ。

ISBN978-4-594-08404-2