「書架之細充」 第一回 再掲

2020年6月19日 - 書架の細充

「書架之細充(しょかのほそみつ)」 第一回
このコーナーは、書評家細谷正充氏の書棚として、細谷正充氏が気になる本を紹介していきます。よろしくお願いします。
エースの遺言 2018/12/21 久和間拓
単行本¥ 1,512
サッカー選手として活躍した中田英寿の言葉を編纂した『中田語録』(文春文庫)をパラパラ眺めていたら、「センスって、生まれつきでしょ」に出合った。この言葉に、私も同意する。長年にわたり、幾つもの小説新人賞の下読みをしているが、センスのあるなしというのは、明確に表れるのだ。
その観点から、久和間拓の第一作品集『エースの遺言』(双葉社)を見ると、センスありとなる。まず、第三十八回小説推理新人賞を受賞した表題作がいい。甲子園でエース・ピッチャーを潰したと批判され、身を潜めるように生きてきた元監督が、二十数年の歳月を経て、意外な真実を知る。謎の真相そのものは、驚くようなものではない。だが、そこに至るストーリー展開が巧みだ。ここに私は、作者のセンスを感じた。
それは他の作品にもいえる。物語の視点人物を活用し、悲惨な事件の裏に隠された心情を際立たせる「秘密」。ライバル社員に弱みを握られた主人公が、思いもかけない真実に気づく「切られぬジョーカー」。意表を突いた語りの仕掛けに驚く「約束」。まだ新人なので甘いところもあるが、どれも読ませる。このセンスを順調に伸ばせるのならば、今後も面白い作品を書いてくれることだろう。
・発売日: 2018/12/21

制服ぬすまれた (Flowersコミックス)
コミックス–2018/10/10 衿沢 世衣子 (著) ¥ 1,980
衿沢世衣子は、名前買いをしている漫画家のひとりである。だから新刊の『制服ぬすまれた』(小学館)も、内容を気にすることなく購入した。そして一読して驚いた。短篇五作が収録されているが、すべてミステリーではないか! まったくの予想外であり、ミステリー好きの私にとっては、嬉しい不意打ちだ。
しかしミステリーといっても、各作品の傾向は微妙に違っている。どれも面白いのだが、特に感心したのが表題作の「制服ぬすまれた」だ。公園のベンチに、なぜかドレスのような衣装で座っている少女。赤ん坊連れの女性は、少女のことが気になり声をかける。聞けば学校で制服が盗まれたという――。
扱っている事件は、女子高生の制服の盗難という、小さなものだ。だが、当事者にとっては重大事件である。もしかしたら、いじめではないかと怯える少女の心理を、簡潔に描き出すところなど、巧いものである。
そしてこの作品の最大のポイントは、ストーリーの焦点となる人物が途中で変わることだ。ミステリーの肝となる部分なので詳しく書けないが、そっちの方向に捻るのかとビックリした。しかもそれにより事件が、鮮やかに解決する。これ一作だけのために、本書を買う価値がある、ミステリー漫画の収穫なのだ。
• 発売日: 2018/10/10