本の旅、その他の旅 1

2020年6月14日 - エッセイ・コラム

書評だけではなく、本とその周辺に関するエッセイも書いてみないかといわれた。私としても、その手の原稿を書きたいという欲望があったので、渡りに船と執筆してみる。それがこの「本の旅その他の旅」である。もちろんタイトルは、異色作家短篇集の一冊、チャールズ・ボーモントの『夜の旅その他の旅』の捩りである。ということでボーモントのことでも書こうかと思ったが、読み返している時間がない。気の向くままに、思いついたことを綴っていこう。
さて、たまに「そんなに小説ばかり読んでいて、飽きることないの」と、聞かれることがある。何をいってるんだ。飽きるに決まっているじゃないか。仕事の関係で大量に小説を読んだ後など、本を開いても気乗り薄になる。そんなときはどうするか。小説以外の本を読むのである。この間も、恩田陸の『土曜日は灰色の馬』を引っ張り出して再読してしまった。ちなみに小説・漫画・映画などに関するエッセイ集である。
それにしても恩田陸、評論家でもやっていけるのではないか。そう思わずにはいられないほど、作品評が的確であり、なおかつ文章が巧い。デュ・モーリアの『レベッカ』について述べた〝いい意味での通俗さと真の優雅さが完璧なバランスを保っており、スタンダードとなりうる作品だけが持つ揺るぎないオーラがある〟なんて一文には、嫉妬せずにはいられないのだ。
また、少女漫画について書かれた部分も、ほぼ同年代ということもあって、同意しまくり。特に関心したのが、「内田善美を探して」というエッセイで挙げられた、思い出の少女漫画。忠津陽子の「ロザリンドの肖像」とか、分かっているなとニヤニヤしながら読んでいたら、最後に美内すずえの「ポリアンナの騎士」を取り上げていたのだ。
「ポリアンナの騎士」は、「別冊マーガレット」一九七六年五月号に掲載された短篇だ。白泉社文庫の『美内すずえ傑作選4 13月の悲劇』に収録されているので、容易に読むことが可能である。こんな話だ。落雷で倒れた木の下敷きになった妊婦を、少年が助けた。しかしそのとき、少年は額に十字の傷を負ってしまう。少年の行方も名前も分からないままだ。その話を、無事に生まれたポリアンナは、繰り返し母親から聞かされる。
その後、ポリアンナが危機に陥ると、なぜか額に十字の傷のある男性が助けてくれる。自分は、その男性のために生まれてきたと信じるようになったポリアンナ。やがて男性の名前がレナードと分かり、愛し合うようになるが、無情にも引き裂かれてしまった。その後、別の男性と結婚し、幸せな家庭を築いても、レナードのことが忘れられない。そして船旅で船が座礁し、沈没しようとしたとき、またもやポリアンナはレナードと再会。レナードは彼女の命を助けて死んだ。そしてポリアンナは、自分がレナードのために生きているのではなく、レナードが自分を守るために生まれ、死んだと確信するのだった。
美内すずえの漫画は、どのようなジャンルであろうと、起承転結が明快である。その中で本作は、珍しい例外といっていい。レナードがポリアンナを何度も助けたのは、単なる偶然なのか。それとも運命の騎士であったのか。どちらかはっきりしないまま終わるのだ。恩田陸は〝ある種、「奇妙な味」の短編と言えるかもしれない〟と書いているが、まさにその通りである。もし、「奇妙な味」をテーマにした漫画アンソロジーを編む機会があったら、間違いなく本作を入れるだろう。
話を作品に戻す。物語の「奇妙な味」を強調するのが、ラストのページのポリアンナの表情だ。三人の子供と歩く後ろ姿には、現実の幸せがある。だがアップになった顔は、どこか遠くを見ているのだ。レナードを自分の騎士だと信じる彼女が、己の想念に囚われた一生をおくることを予感させる、見事な絵である。こういう作品を描ける美内すずえと、あえてこの作品を選んだ恩田陸。ふたりの創作者の凄さを、実感せずにはいられない。
といった気分転換をしているうちに、また小説が読みたくなってくる。こんなことを繰り返しながら、日々を過ごしているのである。

by細谷正充